緘黙の言霊

緘黙の言霊

メカ音痴でコミュ症、それゆえにブログで頭を整理するブログ もう一つのブログhttps://kanmokushou.hatenablog.com/ 雑学音楽日記いろんなことを書きます

コロナで、ひきこもり生活が道徳的に良しとされている?これを機に内向的な人々にスポットライト当てて、支援策を考えてください。

 

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生きずらい内向的な人々


最近、HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)という性質名をよく聞きます

 

 

敏感な人たちは幼少期から親子間や周囲の人たちとの付き合いが苦手で、自己主張がうまく出来ずに育つ傾向があります。

その影響で他者との間に境界線をしっかりつくれないまま大人になってしまうことがあるという。

 

正直、自分もその一員なのかもしれない。

今まで自分が当てはまると思う症状名としては

などだと思う。

 

生きずらい状態を社会へアピールするためにも、そういった内容のブログのアウトプットをしていこうと思います。

 

 

 本などには、回避性人格障害が未熟アピール多くその苦悩についてはあまり触れないものが多いと思う。

その苦悩について語るのは当事者でしか不可能だと思う。

自分には荷が重いけど、いつか、自分がそんなアウトプッターになりたいという思いもあってブログを更新している。

労働による苦悩

人間の苦悩の一つは労働にあるのかもしれません。

 

職場での対人関係のストレスは、三つに分類する事ができます。

•対人葛藤

•対人劣等

•対人摩耗

対人葛藤とは部下や同僚との対立など、衝突によるストレスなど。

 

対人劣等はコミュニケーションスキルの不足、ハラスメントなど

 

対人摩耗は上司や同僚、取引先など、人間関係を円滑に進めようとするあまり、気疲れしてしまうストレスです。

 

 普通の人でも労働によるストレスはあって、それを乗り越えて成長していく人もいるんだと思う。

でも、誰もが、それらの困難を乗り越えて成長出来るとは限らないと思う。

例えば、緘黙では面接というハードルがまず、大きくのしかかるし、本人の性格、本人をバックアップしてくれる人、なども影響すると思う。

 

自分の場合は、まず、能力もそれ程なく、性格もすぐ挫けてしまうような感じで、成功体験を積み重ねられず、大人としての、スキル、自覚、社交性、は勿論もちあわせていない状態に確かになってしまっていると思う。

 

それを未熟と見下すことは簡単な事だ、しかし、社会の為を思う人ならば、その原因と対策、改善策を編み出す事が求められるのではないか。

自分が立派な大人というなら、そういうシステムを提示して、世のために動いてくれたっていいんではないかと思う。

 

それをせず、回避性人格障害は未熟な大人と罵倒するばかりでは何も良くならないと思うのです。

他者との関係を望んでいない訳ではない

人との関係を回避している人で、孤独感がない、という人もいるかもしれないけれど、少なくとも自分はそういう訳ではありません。

 

なぜ、回避しているかといえば

恥をかくことを恐れていたり、傷つくことを恐れている、という事だと思う。

過去のトラウマがやはり大きく影響している事で、人と触れ合いたいのに、回避することで傷つくことを回避して、その行動パターンが定着してしまったのです。

 成功体験を重ねる事が出来ずに

結果的に、未熟な人、となってしまい、自尊心も自己肯定感も低下するという悪循環に陥ってしまうのです。

人と接触すると傷ついてしまいそうな下地がより一層出来上がっていきます。

 

いくら未熟とはいえ、こういう事を怠けているからそうなったと言えるのでしょうか?

 

問題は社会にもあって、回避しなければいけないような人を傷つける人、などの要因があるからこそ、産まれてしまっているのではないでしょうか?

 

これを言い訳ばかりと言うのは簡単な事だと思いますけど。それでは回避性人格障害が無くなる事はないと思うのです。

まとめ

世の中は、コロナで大変な事になっています。

今は、ひきこもりが認められる世の中、と言えるのかもしれない。

しかし、ひきこもり、というのは、親とは違うスペースにいることで発散出来る人もいるのです。

決して、自室に長時間いられる人ばかりではないし、自室から出られない人もいるし、そもそも自分の部屋がない人もいると思う。ひとり暮らしや結婚してる人もいると思いますけど。

 

回避性人格障害でも、空しい気持ちと、人が怖い気持ち、の相反する矛盾に苦しんでいる為に、既に、ストレス発散が出来ず、精神的に参ってる人が多いのです。

 

この世界が、コロナから無事に生き残って、内向的な人も認めるような社会になって、社会が平和になって、人類、みんな、仲良く生きられる日が来ることを願っています。